波瀾万丈WBF物語 波瀾万丈WBF物語
story-01

ハッピーメモリー

1977年、王貞治が世界記録を達成したこの年。
当時の若者達は、冬はスキー、夏は高原でテニス的なサークル活動が人気であった。
きっかけは、お金を使わずにSKIに行く方法、自ら企画しツアーを催行する。動機は不純であり純心であった。
「ホワイトベアースポーツクラブ」が我が社のルーツです。
楽しいスキーツアー、両夜行の大型バスで白銀のゲレンデを目指し、同じロッジに泊まり、スキーに夜はゲーム大会やパーティ。初心者対象には学生スタッフレッスン付、模造紙に書かれたスケジュール表通りに行程は進行します。宿泊は男女別の相部屋で知らない人が友達に・・・・陽気な学生のスタッフ達とも過ごす学生ツアーは、リピータが続出でした。
陽気な学生のスタッフ達とも お客様が本当に喜んで新しい友達を誘ってスキーに行く仲間が増える。
お客様が涙を流して感動していただける。10年経っても20年経っても鮮明に蘇る思い出。
そんな一生モノの思い出が「ハッピーメモリー」
現在も、我が社のポリシーです。

story-02

1986 昭和61年の夏

時代はバブル景気でした。
大阪で暮らしているとスキーとダイビングは絶対に旅行しないとできない。
冬はスキー、夏はダイビングとの発想から一念発起、マリン事業部を立ち上げる。
社長を筆頭に社員4名が難関のダイビングインストラクター試験ITCに挑んで合格、後にダイビングは季節を問わず通年のレジャーであることに気づく。その後、専門店 株式会社ハックルベリージャパンを設立する。

ダイビング

株式会社ハックルベリージャパンは、平成8年にWBFグループから離れ独自の営業活動を行う。弊社のオーシャンズダイビングツアーは、平成15年にダイビング専門旅行としての活動を再開しました。

story-03

「沖縄のお客様GUAMに行ってくれないかなぁ」

平成8年夏、沖縄営業所を開設して●年目。この頃、沖縄西海岸を中心にリゾートホテルが大人気。7~8月、オーバーブッキングでホテルも航空機もレンタカーも悲鳴を上げる状態でした。
毎日のようにジャンボ機一機分が足りないとANAもてんてこまい。当時、全日空大阪支店の国際線部長のひとことがきっかけ。
リゾート「沖縄のお客様GUAMに行ってくれないかなぁ」
「料金も変わらないけど・・・」
国内旅行のライセンスしか持っていない我社は、
平成9年1月から本格的に海外主催旅行に進出する。
当時、ANAの関空発着のGUAMからスタート。
「HAPPY HOLIDAY MICRONESIA.Inc」を
設立しました。

story-04

一大決心 信州スキーツアー涙の撤退

1999シーズンを最後に信州バスツアーから完全撤退。
1998年の冬季長野五輪で信州スキー場へのアクセスが整備されスキーブームが再来と言われておりましたが、若者のスノーボードへのシフト、スキーを始めるきっかけとなるスキー修学旅行の減少、少子化など様々な環境の変化が顕著に表れはじめました。乱立する各スキーツアーの安売り合戦。粗悪なレンタルスキーを提供する旅行会社もありました。そして旅行代理店の厳しい手数料交渉。我社も二次ブランドの立ち上げなどで応戦しました。
スキーツアー専門店として何かが違うと肌で感じたこの年。
翌年の信州スキーツアーの撤退を決定しました。涙の出る苦渋の決断でした。
信州のスキーツアーから始まった我社ですからスキー場の協力施設の皆さま方には、本当にお世話になりました。家族同然をお付き合いの宿泊施設の方々も大勢いましたから、2000年、スキーツアー次のシーズンはツアーの催行をお休みすると全ての信州の取引先の宿泊施設を訪問いたしました。
信州スキーツアー撤退のこの年からバス日帰りツアーハッピーホリデー倶楽部がスタートしました。また、さらに国内旅行を拡張するため札幌営業所の開設いたしました。

story-05

IT旅行商社として

1996年「ジャパンホテルシステム」の運営を開始しました。
当時は、パンフレットや旅行雑誌の掲載での募集、そして電話での予約受付が当然の時代でした。導入したのは、インターネットでビジネスホテルの予約ができるシステムです。予約だけでなくクレジットカードを利用して決済まで可能な日本発のサービスとして話題を集めました。少ない投資で訳のかからないままのスタートでした。
当時、同じような開発を進めていたのは日立造船システムの「旅の窓口」その後に楽天トラベルとなり、Yahoo!トラベルやABロードネットなど旅行ポータルサイト進出は技術的にもビジネスでも多くの水を開けられ、インターネットという黒船の到来は、大きな刺激となりました。
2005年には、旅行全部門にてパンフレット(カラーの印刷部)での集客を完全に中止しました。IT経営力大賞 最優秀賞を受賞代理店への販売手数料、パンフレットに印刷や配送コストなど、その予算をIT投資に費やす戒厳令を出しました。
2006年には、経済産業省の推進事業 IT経営百選 最優秀賞を受賞、2010年にはIT経営力大賞 最優秀賞を受賞いたしました。
日々、進化するIT技術を経営に活かすことが認められたことは、更なるビジネスの励みとなりました。

story-06

沖縄で、ホテル事業への本格参入

平成16年10月、沖縄にてパラダイスレンタカーの運営を開始しました。
レンタカーは自由に観光地を巡るフリープランの旅行では必要不可欠なモノ。ツアーでのお客様の声でもお叱りを受けることが多いのもレンタカーの品質やレンタカー業者の接客対応です。
「もっと高品質なサービスをお客様に届ける」
より良いサービスの提供の為に、自社でのサービスを開始しました。
おなじ平成16年12月、沖縄那覇松山のホテルサンシーの運営を開始いたしました。これが本格的なホテルビジネスへのスタートとなります。シングル中心のビジネスホテルは旅行には向きませんが、ホテル事業への本格参入新なビジネスホテル事業の礎となりたことは確かです。
その翌年には、那覇市小禄のホテルラッソエアポート、ラッソ那覇・泊港と沖縄の地でラッソブランドを展開してまいりました。

story-07

どうしても沖縄につくりたかったもの。
瀬長島への想い。

出版本「地方の時代」を体当たりで実現する。那覇空港から車で15分の小さな島。ここにどうしてもチャンプルー・リゾートを創りたい。銀行に呆れられ、関係省庁に黙殺され、数多の障害・逆風と立ち向かいながら理想のリゾートを沖縄・瀬長島に完成させました。2012年に「琉球温泉 瀬長島ホテル」、2015年に「瀬長島ウミカジテラス」をオープンし、地方活性化を実践。

1977
スキーツアーサークル 昭和52年 創業
近藤康生が関西学院大学を中心にスキーツアーサークルと
学生ツアーを企画、催行
story-01

ハッピーメモリー

1977年、王貞治が世界記録を達成したこの年。
当時の若者達は、冬はスキー、夏は高原でテニス的なサークル活動が人気であった。
きっかけは、お金を使わずにSKIに行く方法、自ら企画しツアーを催行する。動機は不純であり純心であった。
「ホワイトベアースポーツクラブ」が我が社のルーツです。
楽しいスキーツアー、両夜行の大型バスで白銀のゲレンデを目指し、同じロッジに泊まり、スキーに夜はゲーム大会やパーティ。初心者対象には学生スタッフレッスン付、模造紙に書かれたスケジュール表通りに行程は進行します。宿泊は男女別の相部屋で知らない人が友達に・・・・陽気な学生のスタッフ達とも過ごす学生ツアーは、リピータが続出でした。
お客様が本当に喜んで新しい友達を誘ってスキーに行く仲間が増える。
お客様が涙を流して感動していただける。10年経っても20年経っても鮮明に蘇る思い出。
そんな一生モノの思い出が「ハッピーメモリー」
現在も、我が社のポリシーです。

1979
昭和54年 事務所を北区末広町に移転
1980
昭和55年 ホワイトベアーとして国内旅行業登録1071号を取得
主催旅行業者として若者中心のツアー企画、募集を開始。
1981
昭和56年5月
株式会社ホワイト・ベアーファミリーを設立
昭和56年9月
株式会社ホワイト・ベアーファミリーとして国内旅行業登録第1102号を取得
本社を大阪市大淀区(現在の北区)豊崎に移転
1986
昭和61年11月
マリン事業部を開設、スクーバダイビングの専門店として
「ダイビングプロジェクトボス」を開店
story-02

1986 昭和61年の夏

時代はバブル景気でした。
大阪で暮らしているとスキーとダイビングは絶対に旅行しないとできない。
冬はスキー、夏はダイビングとの発想から一念発起、マリン事業部を立ち上げる。
社長を筆頭に社員4名が難関のダイビングインストラクター試験ITCに挑んで合格、後にダイビングは季節を問わず通年のレジャーであることに気づく。その後、専門店 株式会社ハックルベリージャパンを設立する。

株式会社ハックルベリージャパンは、平成8年にWBFグループから離れ独自の営業活動を行う。弊社のオーシャンズダイビングツアーは、平成15年にダイビング専門旅行としての活動を再開しました。

1988
昭和63年3月
沖縄方面ダイビング強化のため 株式会社クリエイティブリゾート沖縄を設立
1990
平成2年1月
株式会社ハックルベリージャパンを設立
平成2年3月
ジオ株式会社(現WBFリゾート沖縄株式会社)を大阪府大阪市にて設立
平成2年12月
本社を北区中津に移転。
1991
平成3年3月
沖縄県恩納村にコンドミニアムホテルPINK MARLIN CLUB 開店
1991
平成3年4月
全日空認可代理店となる。
1993
平成5年1月
株式会社ホワイト・ベアーファミリー沖縄営業所を開設
1994
平成6年4月
株式会社ホワイト・ベアーファミリー東京営業所を渋谷区広尾に開設
1994
平成6年11月
阪急交通社と共同でツアープラザキックスをオープン
1995
平成7年4月
日本エアシステム(現日本航空)認可代理店となる
1996
平成8年4月
(社)日本旅行業協会正会員となる。
1996
平成8年12月
運輸大臣登録旅行業 第1種に登録変更し 第1383号を取得
1996
平成8年12月
本社営業所IATA(国際航空運送協会)公認代理店となる。
story-03

「沖縄のお客様GUAMに
行ってくれないかなぁ」

平成8年夏、沖縄営業所を開設して●年目。この頃、沖縄西海岸を中心にリゾートホテルが大人気。7~8月、オーバーブッキングでホテルも航空機もレンタカーも悲鳴を上げる状態でした。
毎日のようにジャンボ機一機分が足りないとANAもてんてこまい。当時、全日空大阪支店の国際線部長のひとことがきっかけ。
「沖縄のお客様GUAMに行ってくれないかなぁ」
「料金も変わらないけど・・・」
国内旅行のライセンスしか持っていない我社は、
平成9年1月から本格的に海外主催旅行に進出する。
当時、ANAの関空発着のGUAMからスタート。
「HAPPY HOLIDAY MICRONESIA.Inc」を
設立しました。

1997
平成9年1月
海外主催旅行「ハッピーホリデー」を企画し、ツアー催行を開始
1997
平成9年9月
ランドオペレーターとしてグアム現地法人 「HAPPY HOLIDAY MICRONESIA.Inc」を設立
1997
平成9年9月
株式会社ホワイト・ベアーファミリー福岡営業所を開設
1999
平成10年10月
株式会社ホワイト・ベアーファミリー 京都営業所を開設
※ 平成11年3月閉鎖
1999
平成11年3月
東京営業所 IATA(国際航空運送協会)公認代理店となる
1999
平成11年4月
株式会社ホワイト・ベアーファミリー 名古屋営業所を開設
story-04

一大決心 信州スキーツアー涙の撤退

1999シーズンを最後に信州バスツアーから完全撤退。
1998年の冬季長野五輪で信州スキー場へのアクセスが整備されスキーブームが再来と言われておりましたが、若者のスノーボードへのシフト、スキーを始めるきっかけとなるスキー修学旅行の減少、少子化など様々な環境の変化が顕著に表れはじめました。乱立する各スキーツアーの安売り合戦。粗悪なレンタルスキーを提供する旅行会社もありました。そして旅行代理店の厳しい手数料交渉。我社も二次ブランドの立ち上げなどで応戦しました。
スキーツアー専門店として何かが違うと肌で感じたこの年。
翌年の信州スキーツアーの撤退を決定しました。涙の出る苦渋の決断でした。
信州のスキーツアーから始まった我社ですからスキー場の協力施設の皆さま方には、本当にお世話になりました。家族同然をお付き合いの宿泊施設の方々も大勢いましたから、2000年、次のシーズンはツアーの催行をお休みすると全ての信州の取引先の宿泊施設を訪問いたしました。
信州スキーツアー撤退のこの年からバス日帰りツアーハッピーホリデー倶楽部がスタートしました。また、さらに国内旅行を拡張するため札幌営業所の開設いたしました。

2000
平成12年4月
信州スキーバスツアー自社主催休止 一大決心
平成12年4月
バスツアー専門店 HAPPY HOLIDAY CLUB運営開始
※ 平成24年にて活動中止
2001
平成13年7月
株式会社ホワイト・ベアーファミリー 札幌営業所を開設
2003
平成15年1月
日本航空認可代理店となる。
平成15年1月
札幌に北海道仕入れセンターを開設
平成15年
中小企業経営革新支援法の承認を受ける
2004
平成16年4月
株式会社ホワイト・ベアーファミリー 広島営業所を開設
平成16年10月
沖縄にてレンタカー事業
「パラダイスレンタカー」の運営開始
平成16年12月
沖縄那覇「ホテルラッソ那覇松山」の運営開始
全旅行部門にてISO9001:2000取得
story-05

沖縄で、ホテル事業への本格参入

平成16年10月、沖縄にてパラダイスレンタカーの運営を開始しました。
レンタカーは自由に観光地を巡るフリープランの旅行では必要不可欠なモノ。ツアーでのお客様の声でもお叱りを受けることが多いのもレンタカーの品質やレンタカー業者の接客対応です。
「もっと高品質なサービスをお客様に届ける」
より良いサービスの提供の為に、自社でのサービスを開始しました。
おなじ平成16年12月、沖縄那覇松山のホテルサンシーの運営を開始いたしました。これが本格的なホテルビジネスへのスタートとなります。シングル中心のビジネスホテルは旅行には向きませんが、新なビジネスホテル事業の礎となりたことは確かです。
その翌年には、那覇市小禄のホテルラッソエアポート、ラッソ那覇・泊港と沖縄の地でラッソブランドを展開してまいりました。

2005
平成17年11月本社ビル完成
大阪市北区に本社ビル完成
 
平成17年12月
沖縄那覇「ホテルラッソエアポート」の運営開始
2006
平成18年1月
株式会社ホワイト・ベアーファミリー新橋営業所を開設
平成18年4月
株式会社ホワイト・ベアーファミリー岡山営業所を開設
平成18年10月
IT経営力大賞 最優秀賞受賞
平成18年11月
ウィクリーホテル レジデンスイン梅田 運営開始
story-06

IT旅行商社として

1996年「ジャパンホテルシステム」の運営を開始しました。
当時は、パンフレットや旅行雑誌の掲載での募集、そして電話での予約受付が当然の時代でした。導入したのは、インターネットでビジネスホテルの予約ができるシステムです。予約だけでなくクレジットカードを利用して決済まで可能な日本発のサービスとして話題を集めました。少ない投資で訳のかからないままのスタートでした。
当時、同じような開発を進めていたのは日立造船システムの「旅の窓口」その後に楽天トラベルとなり、Yahoo!トラベルやABロードネットなど旅行ポータルサイト進出は技術的にもビジネスでも多くの水を開けられ、インターネットという黒船の到来は、大きな刺激となりました。
2005年には、旅行全部門にてパンフレット(カラーの印刷部)での集客を完全に中止しました。代理店への販売手数料、パンフレットに印刷や配送コストなど、その予算をIT投資に費やす戒厳令を出しました。
2006年には、経済産業省の推進事業 IT経営百選 最優秀賞を受賞、2010年にはIT経営力大賞 最優秀賞を受賞いたしました。
日々、進化するIT技術を経営に活かすことが認められたことは、更なるビジネスの励みとなりました。

2007
平成19年2月
沖縄県石垣市にて「リゾートインラッソ石垣」
(現リゾートインラッソ石垣 by WBF)の運営開始
平成19年4月
札幌にてホテルラッソすすきの運営開始
平成19年5月
東京支店と新橋営業所を統合
平成19年6月
旅行情報株式会社設立
平成19年9月
沖縄にて「ホテルラッソ那覇・泊港」運営開始
平成19年10月
バリ現地法人 CITRAMAN BALI TOUR&TRAVELを設立
2008
平成20年6月
沖縄にて「ホテルラッソ国際通り」
(現ホテルWBFアートスティ那覇)運営開始
平成20年7月
ジオ株式会社よりジオ沖縄株式会社
(現WBFリゾート沖縄株式会社)へ社名変更
平成20年10月
札幌にて「ホテルラッソアイスバーグ」運営開始
平成20年10月
株式会社ホワイト・ベアーファミリー堂島営業所を開設
平成20年11月
博多にて「波葉の湯」温浴事業開始
2009
平成21年1月
北海道釧路市にて「ホテルラッソ釧路」運営開始
平成21年10月
宿泊予約サイト「温泉ぱらだいす九州」の運営をスタート
     平成21年12月
ジオ北海道株式会社(現WBFリゾート株式会社)を設立
北海道札幌市にて「ラッソアイスバーグホテル」
(現ホテルWBF札幌中央)運営開始
北海道釧路市にて「ホテルラッソ釧路」
(現ホテルラッソ釧路 by WBF)運営開始
2010
平成22年4月
中国国民訪日観光旅行会社に指定
平成22年8月
旅行情報株式会社を合併
2011
平成23年5月
ガルーダ・オリエント・ホリデーズ株式会社より、大阪支店の運営を受託
平成23年6月
北海道札幌市にて「ラッソライフステージホテル」
(現ホテルWBF札幌中央)運営開始
北海道札幌市にて「フィットネスクラブライフステージ」運営開始
2012
平成24年4月
北海道札幌市にて「ホテルノースゲート札幌」
(現ホテルWBF札幌ノースゲート)運営開始
平成24年12月
沖縄県豊見城市にて
「琉球温泉 瀬長島ホテル by WBF」運営開始
story-07

どうしても沖縄につくりたかったもの。
瀬長島への想い。

「地方の時代」を体当たりで実現する。那覇空港から車で15分の小さな島。ここにどうしてもチャンプルー・リゾートを創りたい。銀行に呆れられ、関係省庁に黙殺され、数多の障害・逆風と立ち向かいながら理想のリゾートを沖縄・瀬長島に完成させました。2012年に「琉球温泉 瀬長島ホテル」、2015年に「瀬長島ウミカジテラス」をオープンし、地方活性化を実践。

2013
平成25年3月
函館グランドホテル 北海道函館市にて「函館グランドホテル」
(現ホテルWBFグランデ函館)運営開始
平成25年5月
沖縄県石垣市にて「石垣島パラダイスレンタカーターミナル前登野城店」運用開始
平成25年10月
沖縄県石垣市にて「石垣島パラダイスレンタカーターミナル新空港店」運用開始
2014
平成26年1月
沖縄県石垣市にて「ホテルラッソアビアンパナ石垣島」
(現ホテルラッソアビアンパナ石垣島 by WBF)運営開始

平成26年10月
ジオ沖縄株式会社よりWBFリゾート沖縄株式会社へ名称変更
2015
平成27年3月
沖縄県那覇市においてレンタカー事業
新ブランド「GRACE OKINAWA」運営開始

平成27年7月
北海道函館市において「函館グランドホテル別館ラ・ジョリー元町」
(現ラ・ジョリー元町byWBF)
函館グランドホテル別館ラ・ジョリー元町 北海道旭川市において
「ホテルラッソグランデ旭川」
運営開始
平成27年8月
沖縄県豊見城市において「瀬長島ウミカジテラス」運営開始

平成27年10月
WBFリゾート沖縄株式会社がTOKYO PRO Marketに上場
平成27年12月
WBFホールディングス株式会社を設立し、ホールディング制へ移行
2016
平成28年4月
大阪なんばにカプセルホテル「Shell*Nellなんば」オープン 平成28年4月
瀬長島ウミカジテラス内にて47都道府県の商品を取り揃えた「瀬長島47STORE」をオープン
2017
平成29年3月
沖縄県石垣市にて「ホテルWBF石垣島」運用開始
平成29年3月
福岡県福岡市にて「ホテルWBF福岡天神南」運用開始